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薬剤師LINK集

東洋では、薬が医療の中心であったため、「薬師如来」としてあるように医師と薬剤師の区別はなかった。一方で、西洋では1240年頃フリードリヒ2世によって医師が薬局を持つことを禁止した法令が交付され、これが医薬分業と薬剤師の起源とされている。これは処方と調剤を分離し、自己の暗殺を防止することが目的であったという説が有力である。これは現在においても、医師の過剰処方による患者の薬漬けや処方ミスの防止を目的に世界的に行われている。日本では1874年に制定した「医制」により「医師たる者は自ら薬をひさぐことを禁ず」とされ、政府がドイツ医学に倣い医薬分業を推進しようと薬局開業には「薬舗主」試験の合格を必要とし、これが日本の薬剤師の原形である。さらに1889年には「薬品営業並薬品取扱規則」(薬律)が制定され、「薬剤師」と呼ばれるようになった。

前述のように政府は医師による調剤を禁止して完全な医薬分業へ移行しようとした。しかし急激な移行は薬剤師の不足からうまくいかず、医師の自己調剤を認めざるを得なくなった。これにより日本では医師より薬剤を交付されることが当然のこととなり、国民は他の先進国では当たり前の医薬分業の意義を知らずにきた。院内処方を受けた方が利便性が高い上、自己負担が低いために過剰に薬剤を処方されても薬剤料に対する負担感が希薄で、一般用医薬品を購入するより安く済むことすらあることも医薬分業が浸透しなかった一因である。しかし現在の健康保険制度のもとでは高齢化社会の到来により国民全体の医療費増大が懸念されるため、薬剤の過剰な処方を防ぐためにも処方せん料の増額、かかりつけ薬局制度の推進などで金銭面から医薬分業への誘導が進められ、現在の医薬分業率は50%を超えている。

医薬分業の進展により薬局等での需要が増えているが、2009年の登録販売者制度の導入により第二類および第三類一般用医薬品を販売するには登録販売者がいれば薬剤師の常駐が不要となり、医薬分業率は70〜80%で頭打ちになるとの予想から薬剤師の需要は頭打ちになるのではないかとの意見もある。もともと、人口1000人あたりの薬剤師数は1.21と、先進国中では最も高く[2]、厚生労働省の薬剤師問題検討会が2002年にとりまとめた報告書「薬剤師需給の予測について」によれば、早ければ2006年にも需要は頭打ちとなり、2037年には薬剤師は36万人となるが、需要は23万人として13万人の余剰が出ると予測している。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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